【11月1日(月)|西馬音内盆踊りを世界に】ユネスコの無形文化遺産への登録勧告を受けました!

11月1日(火)、西馬音内盆踊りがユネスコ無形文化遺産の登録勧告を受けました! 実現すれば、全国24都府県にある41の『風流踊り』の一部としての登録となります。今後は11月28日から12月3日までモロッコで開かれるユネスコ政府間委員会で、正式な登録が発表される予定です。

UGONEWSでは、登録を間近に控えた西馬音内盆踊りをより深く知ってもらうために、特集記事を二部に渡って掲載していきます!

ユネスコ無形文化遺産とは

秋田県では、ユネスコの無形文化遺産としてすでに男鹿のなまはげが登録されていますが、そもそも無形文化遺産とはどんなものなのかご存じでしょうか?

▲秋田にある無形文化遺産「男鹿のなまはげ」

〇無形文化遺産
『無形文化』とは、先祖から大切に受け継いできた無形、つまり形のない慣習、表現、知識、技術とそれらに関連する文化的空間のことを指します。無形文化遺産とはその文化を、特定の人びとが自ら継承していくことに誇りを感じ、「これは自分にとっての遺産であると認めるもの」とされています。

〇ユネスコ
ユネスコ(国際連合教育科学文化機関)の本部はフランス共和国のパリに置かれています。日本はユネスコ無形文化遺産保護条約の締約国のうち、3番目の2004年(平成16年)に締結しました。2022年現在、本条約の締約国数は180国。また、ユネスコ無形文化遺産の保護条約は締約国から選出された代表委員国の24ヵ国で構成され、年に1度開催される総会で採択されます。なお、現時点でユネスコ無形文化遺産に登録されている事例は、日本中に22件存在しています。

西馬音内盆踊りとは

〇歴史
およそ七百年前に始まったとされる西馬音内盆踊り。昭和十年(1935)の東京での始めての公演をきっかけにして形式が整えられ、五十六年には高い芸術性を有する文化として国の重要無形民俗文化財に指定されました。 
西馬音内盆踊りの最も古い起源としては、鎌倉時代の正応年間(1288~93)に源親という修行僧が蔵王権現(現在の西馬音内御嶽神社)を勧請し、ここの境内で豊年祈願として踊らせたものという説があります。ただし、西馬音内盆踊りの歴史を明確に示した書物などは現在に至るまで見つかっておらず、すべては言い伝えによるものとなっています。

▲3年ぶりに有観客で開催された今年の西馬音内盆踊り。

〇特徴
主に鳥追い笠をかぶった姿か、目元だけ開いた黒い彦三頭巾をかぶった姿で踊りますが、踊り手は共通して顔を隠しています。これはお盆に帰ってきた亡者の姿を表したもので、亡者を踊りの輪に紛らせてともに踊ることで供養することを意味します。

さらに、踊り子がまとう二種類の衣装にも西馬音内盆踊りの性格は表れていました。

【端縫い衣装】
端縫いとは、古い着物などの端切れを繋ぎ組み合わせたものを指します。古い着物というのは、祖母や母の着物という先祖代々の着物のことも含まれていることでしょう。その端切れを縫い合わせたもので踊るということは、つまり、先祖の霊と踊るということを意味しているのかもしれません。

▲端縫い衣装(藍と端縫い祭りより)

【藍染め浴衣】
手絞りの藍染めをほどこした「藍染め浴衣」は、夜の暗闇に溶け込むような静かな美しさを宿しています。かつては町家の女性たちがそれぞれオリジナルの柄を考えて染めており、古いものでは百数年の歴史を数えるものもあるそうです。

▲藍染め衣装(藍と端縫い祭りより)

〇踊り
西馬音内盆踊りは「音頭」と「がんけ」の2種類で構成されており、これを交互に繰り返して踊ります。

【音頭(おんど)】
笛をメインにした軽やかな曲調と親しみやすい歌詞ですが、踊り手の動きはゆったりと優雅で洗練されています。振り付けは微妙に異なる1番と2番とがあり、これを交互に繰り返して踊ります。もう一方の「がんけ」に比べると覚えやすく、初心者にも易しい踊りです。

【願化(がんけ)】
「音頭」に比べて踊りのテンポが速いのが特徴で、少し難易度の高い踊りです。曲調は「音頭」よりも落ち着いていて、哀愁を漂わせながら踊る様は非常に幻想的です。また、二番には袖を持ってくるりと一周回る振付があります。これは輪廻転生を意味するとも言われ、亡者踊りと呼ばれる所以ともされています。

羽後町の夏の風物詩である西馬音内盆踊り。今回はその歴史と概要をご紹介しました。次回は西馬音内現地からの声や、この先の動向にフィーチャーした情報をお伝えしていきます。そちらもぜひご一読ください!

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記事:背尾文哉(地域おこし協力隊)