町を元気にする人にインタビュー!
【UGOFAMILYウゴファミリー|No.02】
茅葺きに魅せられた男・小林茂和さん|第1話

「UGO FAMILY|ウゴファミリー」とは、町内外どこに住んでいても様々なカタチで町を応援してくださる方々への敬称です。

たとえば町の交流イベントに参加してくれた方、町の活性化に協力してくれた方、遠くから町を応援してくれている方、町に移住してきた方などなど。これまでそんな方々の素敵な活動や功績が、町のあちこちで生まれてきました。ただ、その物語を知る機会はなかなかありませんでした。

新しく始まる連載記事では、特にご縁の深いウゴファミリーにインタビューを行い「メンバーのいま」「ご縁のきっかけ」「これまでの活動」「これからのビジョン」をヒアリング。これまであまり知られていなかったストーリーを記事にしてご紹介していきます。

鎌倉から羽後町に移住!小林茂和さん・第1話

連載2回目にご紹介するウゴファミリーはこちらの方。不思議なご縁に導かれて羽後町に移住。田代地区で米農家をやりながら茅葺きの古民家を農家民宿に再生中の小林茂和さんです。今回も全2話でご紹介していきます。

まずは小林さんのプロフィールをご紹介します!

【氏名】小林 茂和(こばやししげかず)
【職業】新規就農米農家・茅葺職人見習い(兼業|合同会社運営)
【出身・居住】東京都出身・羽後町田代地区在住
【趣味・特技】野球・アメリカンフットボール

【現在の主な活動】2019年より羽後町田代地区に移住。お米栽培をしながら、茅葺き屋根の古民家を農家民宿に再生させるため奮闘中。年内での民宿営業開始を目指している。

小林さんの現在進行形|農家民宿で伝統をつなぎたい

〈インタビュアー|UGONEWS記者・松浦(以下同じ)〉
ー小林さんは現在羽後町で米農家として活動されていますが、将来のビジョンとかはありますか?

〈小林さん(以下同じ)〉
お米は去年初めて作ったので今年で2年目の新規就農家です。収穫したお米の販売は自身のネットショップでしていますが、まだプロモーションは何もしていないので、今は知り合いが買ってくれている程度です。今後はネットショップだけじゃなく、もっとリアルと絡めていきたいと考えています。

実は近い将来、羽後町に来て譲り受けた茅葺古民家を改装して、民泊を始める予定です。そこで僕の作ったお米をかまどで炊いて食べてもらいたい。昔ながらのお米の美味しさを味わってほしいです。

ー小林さんが羽後町に移住してきた目的は「民泊」を始めるためだったんですか?

最初は宿をやるのが目的で羽後町に移住してきたんです。けど今は自分がお米作りをしたり、茅葺き屋根の修繕作業を身につけることで、仙道田代エリアに受け継がれてきた伝統や風景を残していくことが、目的になってきています。その延長で民泊のお客様がここの古き良き伝統食や風景を体感できればいいですよね。

小林さんのこれまで|プロアメフト選手から農家へ

ー小林さんは実はプロのアメフト選手だったとか!?どんなキャリアをお持ちなんですか?

新卒で大手飲食店に入社して3ヶ月でやめました。その後のキャリアを考えたときに、数店舗をまとめるエリアマネージャーで終わりだなと思って。それをやったところでなんだろうな~と思っちゃったんですよね。そこから人生の旅に出まして。

会社を辞めてからは本格的にフットボールを再開して、次の年には社会人リーグのチームを受けて受かりました!その頃からはアメフトをやりながら他の仕事もしていました。

ー社会人リーグということは、仕事しながらですよね?当時はどんな仕事をしていたんですか?

当時は社会人リーグでアメフトをしながら、チラシなどをメインに売っている小さな広告代理店で営業をしていました。その会社はウェブをやらない方針だったので、これからの時代はウェブのことを知らないのはまずいなと思って、自分でウェブのスクールに行って勉強をしました。

そして2009年に広告代理店の仕事を辞めて、プロのアメフト選手になるための入団テストを受けにアメリカに行きました。そのときにはすでに結婚もしていたので妻も連れて。結婚前からいずれアメリカに行きたいという話はしていたんですよ。

実際にアメリカに行っていたのは1年だけで、結果はダメだったんですが、受かってもどっちみちビザの申請が間に合わないタイミングだったんですよね。当時はそれでも「行くしかない!」と思ったので、英語のできる知り合いに翻訳をお願いしていろんなチームにメールを送りました。そしたら「いいよ!来れば?」と数チームから返信をもらったのでトライアウトを受けたんです。

ー小林さんは今もウェブのお仕事もされているそうですが、渡米やトライアウト期間の費用はどうしてたんですか?

貯金を貯めてアメリカへ行ったんですが、食いつぶして帰ってきて。帰って来た後の生活のことを考えていなかったので、お金も仕事もなかったんですよね。

マイナーリーグのアメフト選手のお給料って安いんですよ。アメフトは年間16試合しかないんですけど、ベンチ入りできてもお給料は200ドル(2万円)。試合に勝つと50ドル(5,000円)のボーナス。ただ、住む場所は町のスポンサー企業がアパートを経営していたりとか、ミールチケットを渡されて無料でレストランを楽しめたりもしたので、そんなに生活費はかからないんですけど妻もいたし。ちょっとまずいなと思って色々考えていたら、ウェブの仕事があるじゃないかと思って始めたんです。

現地ではマイナーリーグの選手は昼間に仕事をして、夜に集まって練習して、週末に試合をするという兼業スタイルが基本でした。なので、ウェブならテレワークをしながら夜にフットボールをしてっていうのが実現できるんじゃないかと思ったんです。

ー「やりたいこと」と「食べるための仕事」をどちらもやる。「副業・兼業」や「2拠点居住」という新しい働き方を、当時から実践していたんですね。

そうですね。必要に応じてやっていたら、偶然、たまたまそういうカタチになったっていう。それで結局アメリカに行くことはなくて、今度は2014年にドイツに行きました。自分のハイライト動画を作って、それを見るようにドイツのチームにメールを送ったら返信をくれたんです。「飛行機代は出せないけど、テストを受けに来るか?」って。

本当は2年の予定だったんですけど、1年だけ行きました。というのも、1年目のシーズンが終わって日本に帰ってきて、次のシーズンが始まるからまたドイツに行くぞっていうタイミングで、メインスポンサーが降りちゃって。ドイツの一部リーグに所属できなくなってしまったんです。一部リーグに所属できないなら行く意味がないと思ったんです。

しかも1年目のシーズン中に靭帯を切ってしまいまして。チームドクターに診てもらったら、首を横に振るジャスチャーをしながら「前十字靭帯が切れてるよ」との診断でした。そのタイミングで手術をしてしまうと、シーズン中に復帰できなくなってしまうので、そのシーズンは手術をせずにテーピングだけ巻いて騙し騙しやっていました。もしシーズン後に手術したとしても次のシーズンには間に合わないので、膝の靭帯が切れたまま翌シーズンもプレイしようと思っていたんですけど。どっちみち一部リーグにはいられないので、ドイツに行かずに日本で手術することにしたんです。

(つづく)

【第2話の予告】
次回は、小林さんと羽後町とのご縁についてお話を伺います。偶然なのか奇跡なのか、小林さんが羽後町に導かれてやってきた不思議なご縁のストーリーをお届けします。どうぞお楽しみに!

 

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記者:髙橋 佑佳(NPOみらいの学校 プロジェクトパートナー)

湯沢市出身・在住。寺町にあった某スナックの孫。
羽後町は大学時代のインターンシップでもお世話になった大好きな町です。
UGONEWSを通じて、パワー溢れる町の魅力を余すことなく伝えていきます。
よろしくお願いします!٩( ᐛ )و

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